誰も救われず、ただ転落していく――奥田英朗『最悪』

三人の登場人物が、ひどい状況を脱しようともがいているうちに一つの事件に巻き込まれていく群像劇。序盤から作品全体を暗い雰囲気が覆っているが、その雰囲気は晴れることなく、むしろ後半になるにつれますます重苦しくなっていく。それぞれの人物は、現状を改善しようとするのだが、上手くいかずにより事態は悪化する。特に面白いのは、三人が同じ場所に居合わせ、その後行動を共にしていく後半展開。工場長の川谷がなぜか、ほかの二人(三人)の後を追っかけていて、その行動の理由を自分でもよく分かっていないシーンには思わず笑ってしまった。自分が何をやっているのかが理解できていない人間の姿は、傍から見れば滑稽だ。

 

終盤、三人の人物は最悪の状況からは一応抜け出すことができる。しかしその後の彼ら彼女らが過ごす人生を考えると、決してさわやかな気持ちにはなれない。とはいえ、あれだけ過酷な場面に人生で何度も遭遇するわけではないから、多少のことでは落ち込んだり悲観したりはしなくなるだろう。「最悪よりはマシだ」と。

 

人物の状況や気持ちの変化にリアリティがあり、他人事と割り切れない怖さがあった。ちょっとしたきっかけさえあれば、人生は取り返しのつかない方向へ転がりだすのだ。

 

 

 

最悪 (講談社文庫)

最悪 (講談社文庫)